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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)45号 判決

原告 ヘンリー・ヂヨージ・マーチン

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のため上告申立期間として二ヶ月を附加する。

事実

第一請求の原因

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第一、三二四号事件について、特許庁が昭和三十年三月十一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は英国の国籍を有するものであるが、昭和二十六年三月二十三日その発明にかかる「書写具」について、一九四三年十一月二十九日ブラジル国へ出願した優先権を主張して特許を出願したところ(昭和二十六年特許願第四二七〇号事件)、昭和二十八年二月二十五日拒絶査定を受けたので、同年八月二十一日右査定に対し、抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第一三二四号事件)、特許庁は昭和三十年三月十一日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十六日原告代理人に送達された。(なお右審決に対する不服申立の期間は、特許庁長官の職権及び原告の請求に基き数度にわたり延長され、最後は昭和三十年十月二十五日まで延長された。)

二、原告の出願にかかる発明の要旨は、「球のインク貯部を通気孔をもつ毛管で構成したことを特徴とする先球式書写具」であるが、審決は、抗告審において新たに英国特許第一二七五六二号明細書を引用し、「同明細書の記載によれば、書写部を尖頭とした型式の書写具においては、その尖端を尖頭のままにするか、必要によつては回転子すなわちローラー、或は回転車等を取り付けたものにし、これにインク貯蔵部のインクが伝わるようにした書写具のあつたことが容易に了解されるし、事実尖頭の先にボールを入れた書写具、いわゆるボールペンが本出願前すでに提案されていたことは、抗告審判請求人もこれを認めているところである。してみれば本件出願の発明は、尖頭型書写具に属するボールペンにおいて、一端に通気孔を持ち、その内部は毛細管現象を呈せさせる必要のあるインク貯蔵用管を、一本の毛細管で作つたものということができる。ところが一般に毛細管現象を起こせるのに毛細管を用うることは普通のことであつて、若しそれで差支えないならば、本願の場合多孔性資材、吸湿性資材を用いることより、むしろ技術的に容易に想到できるところといわなければならない。従つて本件出願の発明は、右引用刊行物の記載事項に基き、発明力を要しないで当業者の容易にできるところと認められるので、特許法第一条に規定する特許要件を具備しないもの」であるとした。

なお原告は、抗告審判において右引用にかかる特許明細書記載の発明について、(1)右は尖頭形ペンに関するものであるから、同明細書第一頁第九行から第十二行までに記載されている種類のペンに応用可能であるとは記載していない。(2)たとい右引用例が自動インク供給形ローラーを使用するペンを扱つたとしても、本件の発明がこれによつて公知とはならない。(3)引用例におけるインク貯蔵部の内径は、毛細管の寸法よりはるかに大きい。(4)その尖頭形ペンの間隙の寸法は、ボールペンのボールとその匣との間隙より極めて大きい。(5)そのインク貯部は、実験によると、インクがもれるから、これをボールペンに応用しても無益である。(6)一端がボールと直結した毛細管を用いると、ボール部の強い毛細管現象で漏れが止る。(7)引用例のインク貯蔵部に油性インクを充填することは困難であることを述べたのに対し、審決は(1)は認め、(2)当審においては本願の発明の公知例として用いているのでなく、その発明性の否定に用いている。(3)引用例は、インク貯蔵部が毛細管現象を呈することを明記している点について取り上げているものであるから、その貯蔵部の内径の大小は問題とならない。(4)のように仮定しても、引用例の証拠価値に何等影響を及ぼさない。(5)当審においては引用例のインク貯蔵部をボールペンに応用したと認定していないから、「漏れ」の有無は引用例の証拠価値を何等傷つけるものではない。「漏れ」の存在はむしろ管中にインクが吸収されていたことを示すものである。また〇、五粍の内径の管のみの実験で、引用例のものは常に漏れると断定するのは早計の嫌がある。(6)は周知のボール書写部のもつ作用効果で、インク貯蔵部の管を毛細管で作ることが、公知のインク貯蔵管から容易に想到される以上、当然予期できる附随的な効果で、そのため本願が発明を構成するとは認められない。(7)の事実は引用例の証拠価値に関係がない。と判断している。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  審決は理由中において、二種の型の公知の書写具を援用した。そしてその一つは、書写尖端まで導かれ、インクを吸引保持し得る多孔性物質を以て填充せられたインク貯部を有し、従つてインクがインク貯部中を自由には回流し得ない万年筆であつて、この場合には貯部はペンの尖端及び反対端において外気と連絡している。(英国特許第一二七五六二号。)

この特許明細書中には、書写尖端を有する万年筆がインク中に浸漬せられ、かくてインクは貯部中に存在する多孔性物質の毛管力のために吸い上げることにより、インク貯部が填充せられ、書く場合には万年筆を下げ、従つて多孔性物質中に吸い上げられたインクは徐々にペンより紙上に流出することが記載されている。

従つてこの特許の特徴とするところは、書く場合にはインクがその重力のために、上方より下方に向つてペンより流出するまでインクを吸い上げ、かつ確保するために、多孔性物質すなわち海綿或は木綿を使用する点に存する。

審判官は、右英国特許において記載されているインク貯部が毛管力を有し、従つてこのインク貯部の内径の大小は問題にならないものと考えているが、このことは科学的経験に対する大なる違反であり、物理学の重要な法則を顧慮しなかつたことを示すものである。

液体を含有する中空体が毛管作用を有することは間違ないところであり、その理由は多孔性物質例えば海綿或は吸取紙等が、液体を吸い上げかつ液体を再び引き下げる重力に抗し、液体を中空室に確保するからである。引用の英国特許においては、インクを貯部中に吸い上げるために、この多孔性物質の毛管作用が利用されているが、インク貯部が多孔性物質等を使用せずに、インクを貯部中に確保する十分な毛管作用を、その独自の形状においてのみ有するように、インク貯部自体を構成することに関しては何等の記載もなく、又考えられてもいない。

管を密に閉塞することなしに、一糎の直径を有する万年筆の内部室のような大きな周辺を有する管が、そのうちに存在する液体を確保するに十分な毛管力を有しないことは、何人も知つているところである。極めて小さい直径すなわち約〇、二五粍及はそれ以下の直径を有する管すなわち科学上一般に知られている「毛管のみがかかる作用を有する」ものである。

従つて本発明を正しく判断するためには、インク貯部が如何なる大きさを有するかということが、決定的に重要なことである。かかる既知の種々の万年筆の総ての欠陥を有せず、現在の生活の総ての要求に応ずる万年筆を製作するためには、「毛管」のみが、本発明において始めて利用された毛管力を有するものである。

本発明における種類の書写具に対する工業上の意味においては、従来知られることなく、また使用されていない本発明のかかる原理に関し、審決は、その意義を理解することなく、従つてその重大な発明的思想の新規性をも全然認識していない。

(二)  審決は、本件出願の発明の毛管として構成されたインク貯部と同一目的を満足せしめるために、多孔性物質中に存在する中空室が十分な毛管力を有するものとしているが、原告は前記引用特許による万年筆においては、多孔性物質中に包含されている多数の小さな中空室が、すべて本発明のインク貯部よりもなお小さい直径すなわち約〇、〇五糎の直径を有するにかかわらず、三糎以上の貯部中において、連続的インク柱を得ることが不可能であることを実験的に証明した。

すなわちこれら多数の小さい中空室は多くの空気孔を包含し、これはインク柱を中断し、従つて貯部中においてペン先まで連続せるインク柱を形成しない。かかる連続せるインク柱の存在は、全インクの貯部が空になるまで、書写の円滑な持続に対する不可欠の条件である。

従つてインクを貯部中に吸い上げるために多孔性物質の毛管力を利用しようとした万年筆がすでに公知であつたことから、本発明が決して想到し得るものではない。

(三)  審決は、原告の主張(4)に対し、引用明細書に相当する万年筆のペン先におけるインク貯部の開口と、本発明の「毛管」の端及び球先端の開口の大きさとの差異が、既知の援用万年筆の特許を阻害するものとしての意義を失わしめるものでないとしているが、このことは審決が毛管力に対して決定的な要素を完全に看過しているものである。

(四)  審決が原告の主張(5)に対し説示するところの末段については、原告もこれを争うものではなく、このことはインク貯部中における多孔性物質の毛管力に基くものであるが、本発明の装置とは何等関係のないことである。

審決が、専門家の基礎的試験の結果に対し早計の嫌があるとしたのは、専門家の科学的説明を注意深く審査することなく従つて従来公知の総ての万年筆における欠陥の物理的理由を認識していないことを示すものである。

(五)  原告は抗告審判において、既に球と匣との間の強い毛管力がインク柱の引裂を阻止するから、毛管中に存在するインク柱は常に球と連絡していると主張したところ(原告主張(6))、審決は、(a)かかる毛管力はすべての球先端において起る、(a)同一効果は、同様に毛管力を利用する引用明細書による貯部を球先端に連絡する場合にも起るか或は期待されるとしている。

しかしながら(b)の理由は全く不当である。すなわち引用明細書による貯部は海綿でありこれについては海綿が液体をもつて飽和されている場合と、海綿が液体の重力の作用の下において漏れない程度にのみ充満されている場合とが存する。かかる貯部を有するボールペンを使用すると、前者の場合には球先端は球よりのインク柱の引裂或は球先端における「漏れ」を阻止する。しかもインクは貯部の他端において、球先端が全然存在していないかのように正確にもれる。しかし後者の場合には正確に反対のことが起り、貯部からは漏れないが、球先端は全然書写することなく、或は時々のみ書写するに過ぎない。引用明細書による貯部に球先端を設けるという、いわゆる当業者にとつて明白な考えは、完全に失敗であるということができる。

審決は、本件発明の不十分な審理のために、この両種の貯部間の根本的の技術的差異を看過し、従つて本件発明による毛管貯部が新規であり、かつ明確にして疑問の余地のない技術的進歩を呈するという、本発明の進歩した新規の重要な特徴を理解していない。

毛管法則を万年筆のインク貯部に使用することは、当業者にとつて容易に想到し得る手段であつて、当業者により容易に万年筆の製作のために実施し得るものであるという簡単な主張によつては、発明の新規性を審理すべき審判官の使命を十分に果したものということはできない。ことに一度も本件発明によつて達成せられた工業的進歩を、同一目的に役立つべき従来公知の装置に比較して審理していないから、当然審決の判断は不当であるといわざるを得ない。世界の殆んど総ての国におけるボールペンの製作者が、本件発明の大きな工業的進歩を確認し、その九〇%が本発明をボールペンの製造に使用している。このことは本件発明による毛管のように実際の総ての要求に応ずる貯部は、原告以外の総ての発明者の大なる努力にもかかわらず、発見することができないことを物語るものである。

(六)  審決が、引例のインク貯部に油性インクを填充することの難易は、引例の証拠価値に何等の関係がないとしていることは全く不可解である。

審決は万年筆に新しいインクを填充する場合の公知の万年筆の欠点は、類似装置の公知のために、発明の特許可能性の問題とならないようにいつているが、この装置の意義を他の種の類似装置と比較しようとする場合、公知の万年筆が種々の欠陥を有するかどうかを決定することは肝要なことではなく、本件発明の装置が、従来普通の公知の装置に比し、いかなる利点を有しているかを審理しなければならない。しかるに審決の理由中には、このことは全然言及されていない。

審判官は多分従来公知の万年筆における或る種の欠点が、この欠点を知つている当業者も、原告と同様にかかる欠点を、発明的思想なしに、実験により除去し得ることを妨げるものでないことを暗示しようと考えたのであろうが、これに対しては、再び次の点を確認しなければならない。

(1) 本件発明による種類のボールペン用の毛管は、従来インク貯部として使用されていない。

(2) 何人も極めて細い管の毛管力を万年筆に対し利用しようという思想を従来有していなかつた。

(3) 毛管として構成せられ、通気孔を備えたインク貯部を以つて、直接本発明の効果を実現せる万年筆と、球先端との結合のみが行われ、この思想は引用文献のいずれにも、又世界の他の方面に存在する文献中にも暗示或は記載されていない。

(七)  原告は抗告審判において、実験により引用明細書による万年筆及び本件発明による万年筆の作用における差異を確定しかつ科学的に詳述した科学的鑑定書(本件甲第一号証)を提出している。

右鑑定書に明らかなように、両者の差異は、

(1) 極めて易流動性インクに対してのみならず、ことにボールペンに対して特に適する粘性インクに対しても適する。

(2) 空気とインクの混合及びこれに伴うインク中における気泡の形成が阻止される。

(3) 総ての状態下において、球匣へのインクの均等かつ連続的供給が確保される。

(4) インク貯部中に残滓が残留し、インク貯都を閉塞することなしに、存在する総てのインクが完全に消費される。

(5) 球先端においても、万年筆の後端においても、重力の影響下におけるインクの漏れ或は流出が確実に阻止される。

(6) 万年筆の振動或は落下に際して起り得るような衝撃の影響下におけるインクの流出或は噴出が阻止される。

このことは、従来公知のボールペンにおいては、今まで達成されることなく、かつ簡単な先端を有する普通の万年筆においては到底起り得ない利点である。

審決は発明の新規性こそは認めているが、原告によつて主張されたこの工業的進歩に関し注意することなく、原告の発明の工業的効果について全然評価していない。

(八)  審決は本発明が世界の他のすべての文明国において、特許保護を受けていることを何等顧慮する必要のないものとしている。しかしながら日本の特許法も、新規の工業的発明であるかどうかについて、注意して審理することを要求する世界の他の特許法と変るところがないから、審判官は、日本の特許法による特許保護を拒絶するに当つては、少なくとも全世界において認められた工業的進歩そのものを審理しなければならない筈である。

以上いずれの理由よりしても、審決が違法であることは明らかである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)について、審決が英国特許第一二七五六二号明細書を引用したのは、インク貯蔵部を「毛管現象が行われるようにした管」となした構想に関してであつて、管の形或は管の内部のからくり迄を引用したのではない。原告の所論は、総てこの重要な点における、審決の要旨の誤認に立つものである。引用明細書のものが、「尖頭にて構成された書写部を持つ書写具において、インク貯部を一端に通気孔を備え、内部で毛細管作用が行われるようにした管で形成したもの」と認められないかどうか、この明瞭な事実を認識すれば、審決の趣旨は容易に納得できるものである。

(二)、(三)、(四)について、審決は(一)において述べたような意味において引用明細書を引用したものであるから、これに記載された万年筆の細部と比較して欠点を述べても、引例の挙証価値には何等関係なく、従つて審決の適否に影響を及ぼすものでない。

(五)について、審決は原告の主張する(b)のような見解を持ち、またはこれを示したことはない。

(六)についても、前記(二)、(三)、(四)と同様である。

なおインクのことについて一言すれば、引用明細書記載のもののように、管の内部に詰物があるものに、粘性の大きい油性インク填充することは、粘性の極めて小さいインクを填充するより困難なことは、容易に推察することができる。このことは、そのような管に油性インクを毛細管作用で保持させようとするとき、油性インクに毛細管作用が働くに十分な量にまで詰物を減らすであろうし、粘性によつては詰物を廃するところまでもいたるであろうし、油性インクの量からくる必要によつては、細い一本の管にまで容易に想到できるものといわざるを得ない。けだし毛細管現象は、極めて細い管の液体に対する現象であるから、毛細管現象によつて内部にインクを貯蔵しようとする構想があれば、毛細管を使用してみるということは、毛細管作用を行わせるという技術応用の面からみれば、尋常の方向というべきで、引用例ももしそれで万年筆のインク貯部として目的が達せられるのならば、毛細管がインク貯部として採用されたことは想像に難くない。しかしながら、それではインク保持或は量の点で問題が生ずるので、これを解決すべく、詰物が用いられたと解釈するのが妥当と認められ、それは毛細管作用を行わせる技術面からは、まさに一段の進歩である。これに比して本件のもののインクは、粘性のある油性インクであるから、毛細管現象を呈する上に、大きなフアクターとなる附着力も強大となるし、量も比較的少なくてすむから、毛細管現象を呈させることは容易である。従つて毛細管から一歩も進歩していない形のまま採用されているまでで、そこに横たわるものは普通の技術的常識というべきもののみで、何等知識の現在程度を超越した力いわゆる発明力なくしては解決できないものではない。

なお従来使用されなかつたこと或は記載されていなかつたことは、必ずしも新規の発明性を表わすものではなく、そのような場合になお実施しようと思えばすぐ行われることであるが、その必要がなかつたため行われなかつたものが含まれていることに注意しなければならない。審決は、(七)、(八)について、前述のような審理により、本件出願の発明について、工業的進歩が存在しないことを認めたのであつて、また世界各国において全く同一の特許制度がしかれており、しかも技術水準も全く同じならば格別、各国それぞれの相違があり、更にわが国においては、考案というより更に高度の位置に発明というものを置いているのであるから、例えばそのような区別のない外国において特許されるものであつても、わが国で特許されないものがあることは異とするに足らない。

原告主張の理由は、いずれも審決を違法ならしめるものではない。

第四証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争がない。

二、その成立について争のない甲第二号証の一、二、三によれば、原告の出願にかかる本件発明の要旨は、「インク貯部を、後端に通気孔を有する毛細管(この場合その内径或いはこれに相当する寸法が四粍より大でなく、一粍より小でない管を意味する。)で構成したことを特徴とする先球式書写具」であることが認められる。

また前記当事者間に争のない事実とその成立に争のない乙第一号証とによると、審決が引用した英国特許第一二七五六二号明細書は、大正十四年十月二十日特許局陳列館に受け入れられた「尖頭万年筆Stylographic Fountain Pensの改良」に関する英国特許の明細書であつて、その第一頁には、「この発明は尖頭万年筆の改良にかかるものである。従来この種の万年筆において、胴の尖端に連なるある箇処に、脱脂綿のような吸湿性材料を、その両端が大気の影響にさらされるように、詰め物として入れることが提案されて来た。また同様に自動インキ充填式定規用万年筆ruling Penに関して、インキを浸みこませた材料を、柄の中に入れた取外し自在のチユーブの中に、詰め物として入れ、これがチユーブの傾斜端にある廻転輪又はローラーにインクを供給するようにすることも提案されて来た。この発明においては、書写口に連なるインク容器となる空所は、全部或はその大部分が、毛管状又は多孔性材料で充填されているから、インクは液面をもつた自由に流動する液体としてではなく、前記の材料の細孔のうちに吸い上げられ保存されており、インク容器となる空所及び内容をなす材料は、両端において、大気圧にさらされている」(第五行から第十八行まで)及び「この万年筆にインクを充填するには、チユーブの先端をインクの中に浸せばよい。インクは多孔性材料の毛細管作用によつて、速かに吸い上げられる。書写は、紙とチユーブの先端との接触点における毛細管作用が、先端のうちに入つている多孔性材料のうちにおける毛細管作用より有勢に行われるために、できる。」(第二十三行から第二十七行)及びその第二頁には、「この多孔性材料は、金属、エボナイト、硝子、陶器類で作つたチユーブ(4)のなかに入れられている。」(第一、二行)及び「このチユーブ(4)は、柄(7)の相応する空所にぴつたり入つている。」(第八行)旨が記載されていることを認めることができる。

以上認定の事実によれば、原告が本件発明の優先権主張の日となす千九百四十三年(昭和十八年)十一月二十九日より以前において、「尖頭万年筆或いは定規用万年筆において、インク貯部としての軸内に、毛管状又は多孔性の吸湿性材料を填充してインクをこれに吸収させ、かつその管の後端を大気に連通させ、右吸湿性材料の毛細管作用を利用して、インクを軸内に吸入保持させるようにしたもの」が、わが国内において公知であつたと解するを相当とし、なお当時わが国において、いわゆる尖頭万年筆の一種として先球式書写具ボールペンが公知であつたこと及び毛細管作用を行うためのものとして、毛細管そのものを使用することが、従来普通に行われて来たことは、いずれも当裁判所に顕著なところである。

してみれば前記各事実の存在のもとにおいて、本件出願発明の要旨とするボールペンのインク貯部として、後端に通気孔を有する毛細管そのものを利用することは、格別の発明力を要せず必要に応じ当業者が容易に実施することができる設計的手段に過ぎないものと解するを相当とし、本件出願発明は特許法第一条にいわゆる発明を構成しないものといわなければならない。

三、原告代理人は、審決が引用した英国特許第一二七、五六二号明細書に記載された尖頭万年筆の構造、作用、効果を本件出願にかかる先球式書写具の構造、作用、効果と比較し、両者における毛細管作用について詳細に述べ、後者が前者の企及することのできない幾多の優れた作用効果を有することを力説するが、審決が右英国特許明細書を引用したのは、これにより、先に当裁判所がなしたと同様に、本件出願の優先権主張日以前に、万年筆のインク貯部に、毛細管作用を利用して、インクを吸入保持させるようにすることが、わが国内に公知であつたことを例証し、これと他の公知事実と相まつて、本件出願発明の発明性の有無を判断したものであつて、右明細書に記載された尖頭万年筆そのものを引用し、これによつて本件発明の新規性を否定したものでないことは、先に認定した審決の全趣旨から明白であるばかりでなく、原告が本件発明の優れた作用効果として主張するところは、本件出願の発明が要旨としていないボールペンの先端と軸との間隙の大きさ等によるものの外は、いずれも先に認定した公知の事実をボールペンに実施した結果、当然予期せられる効果に外ならず、これがため本件出願の発明が、発明性を有するにいたるものとは解されない。

してみれば右の事実は未だ当裁判所の前記判断を覆えすに足りず、また法制を異にする諸外国において、本件発明が特許されたとの事実が、当然に前記判断を左右するものでないことはいうをまたない。

四、以上の理由により、当裁判所と同一の判断に出でた審決には原告の主張するような違法はないから、これが取消を求める原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、上告申立のための附加期間について同法第百五十八条第二項を適用し、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 内海十樓)

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